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さだまさしは1974年、『精霊流し』を発表しましたが、まだ無名のフォークデュオであった為か、当初の売り上げは芳しくないものだったようです、しかし、名古屋にある東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』の中で、蟹江篤子アナウンサーが担当曜日で毎週のように流し続け、これが助力となって放送エリアの名古屋地区のみならず、全国的なヒットになりました。

この年の日本レコード大賞作詞賞受賞しました。

さだまさしは1975年11月にリリースした『無縁坂』もヒットしました。
1976年4月、自分たちのやりたい音楽と世間が望むイメージとのギャップを感じたことと、さだが体調を崩したこともあり、グレープを解散しました、同年11月、『線香花火』でソロ活動を始めました。
さだまさしは1977年にシングル『雨やどり』がオリコンシングルチャート1位になるほどの大ヒットを飛ばしましたその後1978年10月、個人レーベル「フリーフライト」設立。1979年1月、同レーベルから初のシングル『天までとどけ』をリリース、1979年には『関白宣言』が150万枚を超える大ヒットとなった。他にも『案山子』、『道化師のソネット』、『天までとどけ』、『防人の詩』、『親父の一番長い日』、『驛舎』など、数々のヒット曲を連発。

さだまさしは1980年、映画『翔べイカロスの翼』(主題歌は「道化師のソネット」。共演は原田美枝子)にサーカス団のピエロの青年役として主演、音楽も担当しました、一方、翌1981年にかけ、中国大陸を流れる大河を舞台にしたドキュメント映画『長江』(主題歌は「生生流転」)を制作(1981年11月公開)。映画自体は120館上映というヒットであったものの、それ以上に制作費を掛け過ぎてしまったため、約30億円もの負債が残ってしまいました、この借金については自身31作目のシングル「建具屋カトーの決心〜儂がジジイになった頃」の中の歌詞にも盛り込まれています、本人曰く「ガビ山からゴビ砂漠に向かってションベンして、借金して、島の王様で、昔は歌手、と言っても『嘘つけ、このハゲ!』なんか言われてしまうだろう」とのこと。さだまさしは以後、借金返済のため年間100回以上、多い年には年に162回(1982年実績)ものコンサートを行なうようになりました、また、この頃から大ヒットの反動から「暗い」「右翼」「左翼」「軟弱」「女性蔑視」など様々なバッシングを受けてしまっています。

その後さだまさしは1981年、フジテレビ系ドラマ『北の国から』の音楽を担当。歌詩の無い主題歌ですがとても有名な曲となり、1985年、ソロ・コンサート通算1000回(東京厚生年金会館)を達成しました、1987年8月、は故郷長崎市で「長崎から広島に向って歌う」無料平和祈念コンサート『夏・長崎から』を開催。以後2006年までの20年間毎年8月6日に長崎でコンサートを行い、地元市民だけはなく全国からファンが集まる長崎市の夏の一大イベントとなっています。

1996年、長崎県県民栄誉賞を受賞しました。


さだまさし公式サイト
さだまさしU-CANによる公式サイト


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